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● SKULL DRAIN’s --- 雨季羽の悩み ●

―ラブラドライト洞窟
「天より舞い降りし者・・・我が声に導かれ、ここに姿を現さん・・・」
ヘンリエッタは、静かに目を瞑って意識を集中させる。
両肘を伸ばして腕を前に押し出す。
しっかりと、両手に杖が握られていた。
そして息をゆっくりと吸い、目を開ける。
「召喚、ヘルハウンド!!」
呪文を叫ぶと同時に杖を勢いよく、地面に突き刺す。

「・・・・・・・・・」

何も起こらない。
「うぅ〜ん・・・何がいけないの?ちゃんと本通りにやってるのにぃ」
何度も何度も召喚術を繰り返し、その度に失敗も繰り返していた。

召喚術とは、“モノ”を呼び出して使役する技。
主に、魔物を呼び出し手下や労力として扱うケースが多い。
ただし、召喚術は術のコントロールが難しく、
かなりの集中力を保たねばならない、大変高度な魔術なのである。
完璧に使いこなせる人は、五本の指の内に入りきってしまう程しか居ない。
そして。召喚術よりも難しいのが“送還術”。
呼び出したモノを元の場所に送り返す魔術で、召喚術よりも高度な技術が要求される。

だれも居ない洞窟で、一人。
ヘンリエッタは召喚術の練習をしていた。
「どうして上手くいかないのかしら・・・?」
ため息を付いて、足元に置いてあった魔術の本をもう一度眺める。
「呪文もあってるし・・・こんなんじゃ、ライ様の助手として恥ずかしいわ・・・」
ライを想い、ヘンリエッタはもう一度ため息を付いた。



本当は、成功していたのだ、召喚術は。



半分だけ。








「青い空、緑の草原、涼しげな風・・・・これこそ、まさに爽やか三拍子!」
両腕を大きく横に広げて体を開き、
その“涼しげな風”とやらを、体全部で感じる雨季羽。
「・・・・雨季羽って熱いんだか寒いんだか分かんない」
影次郎が重いため息を付く。
「っていうか涼しげ所か寒いし!!!」
寒い所が苦手な影次郎と、驚異の耐寒性を持つ雨季羽。
生まれ育ちに関係がある様子で。
「それに草原を一週間歩き続けるって、マジどんだけ!?」
身を震わせる影次郎の苛立ちは最高潮だ。
「大丈夫、セゼル火山までは後1週間・・・・」
「まだ折り返し地点!?大丈夫じゃないよ!!」
体力もあって寒さにも強い雨季羽は何とも思ってないが、
影次郎には辛かった。とても。
「もう少し行った所にユーフラッド村があったはず・・・・
そこまで行けば火山の影響で少しは暖かくなるし、ゆっくり休めるさ」
そんな影次郎をステラが励ます。
本当にこの2人は仲が良いものだ。
「火山に着いたら、一緒に雨季羽を火口に放り込んでやろう」
と、ステラが声をほんの少し小さくして影次郎の耳元で言う。
「じゃあ僕、頑張る!!」
「待て待て待て待て待て!!!!」
キラキラと目を輝かせて即答した影次郎を、
それはそれは恐ろしいまでに必死に引き止める雨季羽。
「お前ら、俺を何だと思ってるんだ!」
まぁ、雨季羽が怒るのも当然で。
「飯係」
影次郎とステラは同時に即答する。
「・・・・・・・・もういい・・・・」
すっかりやる気を無くしてしまった雨季羽は、
暫らく立ち直らなかったとか何とか。



―ユーフラッド村。
此処はセゼル火山から最も近い村で、気温は暖かい方である。
ごくごく普通の村で、農業を中心としている村。

「此処までくると暖かいね」
影次郎の機嫌もようやく直り、三人は村へ足を踏み入れる。
のどかで、平凡で、だからこそ平和な村。

だったはずなのだが。

「た、助けてくれ!!!」
一人の中年の男性が、三人に血相を変えて走り寄ってきた。
「どうしたんですか」
雨季羽が聞くと、男性は乱れた呼吸を整え、口を開く。
「む、村の外れに魔物が・・・・!!うちの村で唯一戦える僧侶様も大怪我しちまって・・・
あんたら、見たところ旅人だろう?頼む、助けてくれ!!」
正義感の強い雨季羽は男性の言葉に何度も頷く。
「三人居れば余裕だ。行くぞ、二人とも!」
「えっ、僕も行くの?」「私も?」
「当たり前だろうが!!!」
2人は行く気などあまり無かったようだが。



―ユーフラッド村 村はずれ。
言われたとおり、そこには魔物が十数匹暴れまわっていた。

ヘルハウンド。
犬に似た容姿を持つ魔物。
毛並みは暗闇のように真っ黒で、その鋭い瞳は血のような赤色。

「確かヘルハウンドは西の大陸に居る魔物じゃなかったか?」
身構えながらステラは言う。
「後にしてくれ、ステラ」
雨季羽と影次郎は鞘から刀を抜く。
「・・・面倒な事になる。骨は折るなよ」
冗談を言う、でも実際そうなると本当に厄介だ。
雨季羽たちはヘルハウンドの群れに突っ込んで行った。
「はっ!!」
雨季羽は水平に刀を振るう。
刀身を身に食い込ませたヘルハウンドは倒れて地に溶けるように消える。
「あぁもう、弱いのに目障りだよ」
影次郎は右手の忍者刀で周りのヘルハウンドを斬り倒しながら、
腰のウエストポーチから苦無を取り出す。
「消えちゃえっ!!」
数本の苦無を同時に周りのヘルハウンドに向かって扇状に投げつけた。
「うらあぁっ!」
ヘルハウンドの腹を高く蹴り上げ、
後ろから飛び掛ってきたヘルハウンドの顔面にエルボーを食らわせているのはステラ。
そしてステラは顔を上げる。
「雨季羽、後ろだ!!」
ステラが声を上げた。
そして雨季羽はそのまま振り向きざまに刀を払う。
「・・・!?」
しかし宙を斬った。
誰も居ない。

だが、そこに一人の人間が立っていたのだ。
三人の戦いを見学しているが如く。

「お前は、確か・・・・」
雨季羽は呟いて、最後の一匹になって飛び掛ってきたヘルハウンドを切り伏せる。
そしてゆっくりと、その人影に近づく。
その人影も、茂る木々の間から姿を現した。
「エルディ!」
雨季羽は声を上げると、身構えた。
他の2人も同様に。
「・・・・今回の騒動は貴方達の仕業・・・でも無さそうですね」
エルディ、と呼ばれたその人影は辺りを見回しながら言う。

エルディ=フェンラッド。
人々の安全な暮らしを守る為、世界の平和を守る為。
それを目的とする国家レナール騎士団に所属する騎士の一人。
レナール騎士団は、聖剣を求める者同士の争いを止めさせるため、
聖剣を守ろうと考えている組織である。
要するにスカルドレイン達の敵。
エルディは水や氷といった属性の魔術を操る魔術師だ。
いつも抱えている大きな本は“魔導書”と呼ばれる、多くの謎を抱えた古文書。

「魔物が大量に現れたと聞きましたので訪れたのですが・・・
村人が軽い怪我をしたくらいで、大きな被害は無し・・・ですか」
ふぅ、とエルディは息を付いた。
「とにかく。スカルドレイン、魔物退治ご苦労様」
気だるそうに言った後、エルディは雨季羽と視線を合わせる。
「今日は弟も上司も本拠地へ置いてきたので、とても自由な日です。
だから、貴方達と出会った事は忘れることにします」
「俺たちを見逃すのか?」
雨季羽は尋ねる。
「上の考えることはよく分からない・・・聖剣を悪用されるのだけは避けたいが、
守ったところで争いが消えるとは到底思えませんよ」
と、エルディは返した。

そこに。
「雨季羽!!」
雨季羽を呼ぶ声と足音が聞こえたので振り向いた。
ライとヘンリエッタだ。
「お前は確か、レナール騎士団の・・・フェンラッド兄弟の兄か」
ライはエルディの顔を見るなり言う。
「その言い方は嫌いだ、ライ。私は帰るところなので・・・では」
エルディはそう言って、また木々の中へと消えていった。
「何かあったのか?」
ライの問いかけに、雨季羽は首を横に振る。
「いや、見逃してくれた。エルディは騎士団に執着も何も無いからな」
と、雨季羽。
そして三人は武器をようやく仕舞った。
「それより遅くなって悪かった。この辺にヘルハウンドの群れが居たらしいな」
「今さっき退治したところさ」
ライの言葉にはステラが答えた。
すると、ヘンリエッタが泣きそうになって急にソワソワし始める。
「あ、あのぉ・・・」
ヘンリエッタはそう言葉を出すが、なかなか続きが言えないようだった。
「ヘルハウンドの件なんだが」
と、そんなヘンリエッタを見かねてライが代わりに話し出した。
「ヘンリエッタが召喚術の練習をしていて・・・呼び出しは成功したが、
呼び出す場所を間違えていたらしい」
ライは続ける。
「魔物が、この村の外れに誤って召喚されてしまったようだな」
やれやれ、とでも言うようにライはため息をつく。
「ご、ごめんなさい・・・迷惑をお掛けしたと思ってますの・・・・」
ヘンリエッタは素直に頭を下げた。
「・・・怪我人も居るようだ。その人たちに謝るのがスジってもんだろ」
雨季羽はヘンリエッタの前でしゃがみこみ、
彼女の顔を覗き込んで言う。
「大丈夫。俺たちも付き合うから一緒に行こう、ヘンリエッタ」
そう雨季羽は優しく語りかけた。
ヘンリエッタも、重々しくではあるが顔を上げる。
「・・・・・はい・・・」
小さく呟くヘンリエッタ。
「そういえば、ロビュスタの時から自己紹介はしていなかったな」
「心配無用ですわ。ライ様から聞きましたもの、雨季羽さん」
ヘンリエッタは雨季羽に微笑んで見せた。
「ライ様ったら、雨季羽さんのお話ばかりしているんですわ」
「ヘンリエッタ!余計なことを言うな!!」
口を滑らせたヘンリエッタにライが怒鳴ると、
彼女は首を竦めて唸った。
「俺はもう行く。ヘンリエッタは好きにしろ」
「ちょっとちょっと!ヘンリエッタはあんたの仲間じゃないのか」
踵を返すライを影次郎が引き止めた。
「協力し合っているだけで俺はフリーだ。別に仲間じゃない」
ライはそう言い残すと、ヘンリエッタを残して去ってしまった。
何処かヘンリエッタは寂しげな顔をしている。
「・・・・ライ様、リエがいつも魔術を失敗するから・・・その度に、リエはご迷惑をお掛けして・・・
今回の件も、リエの魔術の失敗が原因ですわ。ライ様、やっぱり怒って・・・」
また泣きそうになってヘンリエッタは下を向いてしまう。
「でも、此処まで一緒に来てたじゃないか」
雨季羽が言うと、ヘンリエッタは驚いた表情をして顔を上げた。
「ヘンリエッタが努力家で練習熱心な事、ライなら絶対に分かってる」
「雨季羽さん・・・・」
「それは俺が保障する。ライは皮肉ばかり言うけど、君を嫌っては無いさ」
えっ、と声を上げてヘンリエッタは見る見るうちに笑顔になってゆく。
「本当ですの!?」
「・・・俺は一応、ライの元親友だからな。そうだと思うよ。・・・・多分」
雨季羽の言葉にヘンリエッタは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「雨季羽、そんなこと言って良いの?」
「・・・・・・ダメかな、やっぱり・・・」
「ライへの被害が増えるだけだと思うけどね」
もう自分は関係ない、と言わんばかりに栄次郎は欠伸をして言った。
自分の言葉に責任を持っているつもりだが、雨季羽は段々、自分の言葉を後悔し始めていた。
嬉しくてハイテンションになったヘンリエッタが、
ライにベタベタと付き纏うのは目に見えた。
「リエは頑張りますわ!!強くなって、ライ様のお役に・・・そして!」
ヘンリエッタは右手の人差し指で、
ビシッと雨季羽を指した。
「あなた方を倒して、聖剣を手に入れて見せますわっ!!!」
そう宣言された。
「今日の件は本当にありがとうございますわ。後は自分で・・・では、御機嫌よう」
綺麗にお辞儀をして、ヘンリエッタは走り去る。
本当にトラブルメーカーだ、彼女は。
「・・・・・ったく、面倒な連中だな」
ステラはため息をつく。
「まぁヘンリエッタも悪気があったわけじゃないしな」
微笑んで雨季羽は言う。ステラを宥めるように。
「それより、気になることがある。悪いが先に行ってるぞ」
と、雨季羽もその場から歩き出した。
「・・・・ねぇ、気になることって何かな?」
ワクワクした様子で影次郎はステラに訊く。
「大怪我した僧侶様のお見舞いだろ、どうせ・・・放っておけばいい」
長い間一緒に旅をしてきた。
仲間の行動パターンはもう大体分かっている。
ステラは言って、天を仰ぐ。
「私が思うに・・・・そーゆー優しいところが、アイツの取り柄だろ」



―ユーフラッド村 診療所。
村で一つ、医者一人、看護師一人の小さな診療所。
しかし、ここを訪れる村人は数多い。

雨季羽はそんな診療所を訪れ、一つだけの病室へと通されていた。
二つしかない白いベッド。うち一つには、一人の青年が横になっていた。
体中包帯だらけだ。
「・・・・起きていますか」
もしも眠っていたときの事を考え、雨季羽は静かに彼に声をかけた。
すると、割と早く、
「いえ」
返事が返ってきた。
ベッドの脇にある椅子に腰掛け、雨季羽は怪我を追った青年僧侶を見つめる。
「すみません、話は出来るんですが体を動かすと痛むので」
青年は言う。
意外と大丈夫そうだった。
「俺はいいんです。こちらこそ急に訪ねてすみません」
いえいえ、と言う代わりに青年は微笑む。
「僕に何か用でしょうか」
青年が訊くと、雨季羽は少し間を置いて口を開く。
「怪我をなさったと聞いて・・・心配になったので、様子を」
「わざわざお見舞いですか。ありがとうございます」
青年はただ天井を一点に見つめて言った。
「・・・それと、一つだけ。すこし相談事があるんです」
雨季羽が言う。
「友達は、自分の願いを捨ててでも救うべきものです。
相手の幸せこそが自分の幸せ。相手は友達でも家族でも何でもいい。
・・・・・俺の考えは間違っているのですか・・・?」
雨季羽が言い終わると、少し悩んだ末、青年は、
「何故、そんなことを僕に聞くんですか」
と、言った。
「これは俺の問題だと分かっています。自分で考えて結果を出す以外のことは考えていない。
ただ・・・・自分のやっている事が、本当に良い事なのかが分からないんです。
堅く誓った日を覚えているのに、その誓いを忘れようと必死にもがく事が良い事なのか」
すると、何故だか青年は涙を流し始めた。
「・・・・あぁ、なんという人・・・貴方は穢れ無き者、その名をアルドール・・・」
そして青年は視線だけを雨季羽の方へとゆっくり動かす。
「これほどまでに美しい人を見たのは初めてです・・・・貴方なら大丈夫・・・
きっと、貴方なら・・・答えが出るはずです。誓いや心の揺らぎは、人である証拠。
その正義、勇気、希望、慈悲・・・どうか忘れないで、アルドール」
雨季羽は言われた言葉を受け止め、立ち上がりお辞儀をした。
「貴方に相談して良かったです。ありがとうございました。
でも俺の名前は雨季羽で、アルドールじゃないんです」
そう雨季羽は言ったのだが。
「違いますよ。貴方はアルドールです」
青年はそう言いきった。
「・・・・・とりあえず、貴方にも都合があるのでしょう。雨季羽さん、覚えておきます」
「いいや、忘れて構わない。もう二度と会わないかもしれないから」
「大丈夫です。僕と貴方達は出会いますよ、もう一度」
「・・・そうですか。ではその日まで」
自分の話を否定されて雨季羽は少しペースが乱れそうになったが、
構わず、そのまま踵を返した。

そして診療所を後にし、外へ出ると、
「あぁっ、雨季羽さんっ!!」
甲高い声で呼ばれた。
ヘンリエッタだ。
「此処に居ましたの?」
「僧侶様に、ちょっと相談事を・・・まぁ凄い人だったな」
分からず、ヘンリエッタは首を傾げる。
それに雨季羽は答えた。
「今は俺しか知らないハズなんだが・・・俺の本名を言い当てられてさ」


アルドール。
それが雨季羽の本名だった。
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